導入された一時保護状について
2025/08/10
児童相談所による一時保護の際の一時保護状について
その意義と課題
はじめに
2025年6月から児童福祉法が一部改正され、今までは児童相談所が児童を一時保護する際に完全に児童相談所の裁量だけで行われていたのが、裁判所による一時保護状が発付されて初めて一時保護がされるように改められました。
今回は、そのような改正がされることとなった背景と、課題について語りたいと思います。
一時保護とは何か
まずそもそも児童相談所による児童の一時保護とは何のことであるのかを簡単にご説明します。
児童相談所は、児童福祉法に基づき都道府県において設置される公的機関で、児童が家庭において心身共に健やかに成長することができるよう児童の保護者を支援し、また保護者または児童の心身の状況やその置かれた環境を勘案し、家庭が児童の健全な養育をすることが適当でないと判断する場合には、児童の健全な成長のために必要な措置を講ずるという役割を担っています。ここで「児童の健全な養育をすることが適当でないと判断する場合」とは児童に対する虐待、ネグレクトその他それに匹敵するような著しく児童に対する不適切な養育が認められる場合のことを意味します。そして一時保護とは、児童福祉法33条1項、2項に基づき、児童の安全を迅速に確保し適切な保護を図るため、又は児童の心身の状況、その置かれている環境その他の状況を把握するために必要なときに、2ヶ月を越えない期間、児童を保護者から隔離して一時保護所など児童相談所が管理する施設内にて生活させるものです。
一時保護というと、一時的、つまり2、3日程度のこととイメージしてしまいますが、実際には2ヶ月と長期間に及ぶことになり、その間、親子が引き離されるということになります。
一時保護が親子の権利の侵害となり得る可能性のあること
児童虐待があったり、ネグレクトが認められたり不適切な養育があれば、そのまま児童を保護者の元で監護養育させることはできません。しばしば、何の罪もない子どもが親から凄惨な虐待を受け続けて、ついには命を落としてしまったなどという悲劇的なニュースが報道されることもあります。そのような悲劇的な事件を未然に防止するために、一時保護が必要な場合があります。
しかしながら、近年、虐待の概念が広がり、従前であれば、子どもに対する躾であるとして何ら問題視されていなかった当たり前の行為についても虐待であると非難されるようになっております。例えば、躾のために、ごくごく短時間、子どもを家の外に閉め出したり、押し入れに閉じ込めたりするようなことは昭和のころは当たり前のことで、誰も虐待である等とは考えませんでした。また我が子を愛する気持ちに疑いを容れる余地はなくとも、人間ですので、子どもの態度にイライラが募り、ついには手を上げてしまったり、暴言を吐いてしまうようなことは誰にでもあることです。しかし一時の感情の爆発でしかない行為であっても、子どもに対する虐待であることには違いないとされてしまいます。更に子どもが感じ取れる環境下において夫婦喧嘩をすること、口論をすることも子どもに対する心理的虐待であるといわれるようになりました。
このように児童虐待の概念が広がってくると、虐待があったからといって直ちに保護者の元から子どもを引き離さないと子どもの安全が保てないなどということはできません。
そのような場合にまで、児童相談所が「虐待」があったからということで、子どもを親元から2ヶ月もの長期間、引き離すようなことは親子の権利の侵害にもなり得るわけです。
これまで、そのような親子の権利の侵害にもなり得る一時保護が、児童相談所の判断だけで行われていたのです。
児童の権利条約
ところで日本も1994年に児童の権利条約に批准しました。児童福祉法においても、その1条において児童の権利条約の精神にのっとるべきことが規定されています。その児童の権利条約第9条1項には、「締約国は、児童がその父母の意思に反してその父母から分離されないことを確保する。ただし、権限のある当局が司法の審査に従うことを条件として適用のある法律及び手続に従いその分離が児童の最善の利益のために必要であると決定する場合は、この限りではない」と規定しております。
つまり児童相談所が一時保護の措置を講ずることについて児童相談所の判断だけで行うことが認められていたのは児童の権利条約第9条1項に反する制度が20年以上もの長期間、放置されていたということになります。
一時保護状制度の導入
一時保護状の制度が導入されたことは長らく児童の権利条約に反する状態のままであった一時保護の制度が児童の権利条約第9条1項に則ったものにようやく改正されたということを意味するので、このこと自体、評価されるべきことです。
しかしなお、問題が残っています。
一時保護状を発行するか否かの審査に際して、保護者の側の意見聴取の機会が与えられていないということです。一時保護は実際に虐待や不適切な監護養育状態が確認された場合のみに行われるわけではありません。虐待や不適切な監護養育が行われている可能性があると児童相談所が考えたとき、その実態を調査確認する必要があるという場合であっても一時保護が認められることになっているのです。従って、実際には子どもを保護者から隔離し、その安全を確保する必要がないのにもかかわらず、児童相談所の見立て次第によっては、一時保護がされてしまうということになりますし、しかもその期間は2ヶ月間という長期間に及ぶものなのです。保護者からの意見聴取がなされず、児童相談所が提出する資料のみによって審査されることによって、必要のない一時保護が容認されてしまう結果、親子の権利の侵害がされてしまう虞を防ぐことができません。
次に、児童相談所側には一時保護状の発付が却下された場合、不服申立ができることになっているのですが、保護者の側には不服申立ができないことになっています。これは著しく不公正な制度で、むしろ逆に児童相談所には不服申立ができないこととし、保護者の側に一時保護状の発付に対して異議申立ができるということにするべきです。なぜなら、児童相談所は、一時保護状の発付請求に際して、資料を提出し、一時保護の必要性をアピールすることができているのに、保護者の側には何の反論の機会も与えられないわけです。どう考えても公平ではありません。また、一時保護状の発行請求を却下した場合、不服申立がされるが、一時保護状の発行請求を受け入れて発行すれば不服申立がされないという制度にすると、裁判官としては自分の判断が誤りであるとされる可能性があるのを避けて、一時保護状の発行請求があればそれを認めておいた方が無難であると考えるのは必至で、発行請求=発付の判断がされるということになってしまい、何のための司法審査なのか、全く機能しないことになります。
まとめ
一時保護状の制度が導入されたことは画期的なことであるのは間違いありません。しかし本当に有効に機能するかについては懐疑的とならざるを得ません。弁護士としては、保護者において意見聴取の機会が与えられず、不服申立をすることも認められない現行制度の下で、率直に言って何も具体的な対応ができるわけではありませんが、裁判所の審査の実態について常に関心を示し続け、刮目し続けることによって、裁判官にプレッシャーをかけ続けるように努めていくべきであると思います。
----------------------------------------------------------------------
池袋中央法律事務所
住所 : 東京都豊島区西池袋5-1-6
第二矢島ビル4階A
電話番号 : 03-5956-5301
FAX番号 : 03-5956-5302
豊島区にて民事事件の解決に対応
----------------------------------------------------------------------